大判例

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大阪地方裁判所 平成11年(わ)927号 判決 1999年6月24日

本店所在地

《略》

株式会社フレックス

右代表者代表取締役

甲野太郎こと

甲太郎

国籍

大韓民国

住居

《略》

会社役員

甲野太郎こと

甲太郎

《生年月日略》

右の者らに対する証券取引法違反被告事件について、当裁判所は、検察官中井隆司出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人株式会社フレックスを罰金400万円に、被告人甲野太郎こと甲太郎を懲役1年6月に処する。

被告人甲野太郎こと甲太郎に対し、この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人株式会社フレックス(以下「被告会社」という。)は、大阪市○○区○○○町○丁目○番○号に主たる事務所を置き、金融業や有価証券の運用、売買等を行っているもの、被告人甲野太郎こと甲太郎(以下「被告人」という。)は、被告会社の取締役として実質上同社の業務全般を統括していたものであるが、被告人は、被告会社従業員Aらと共謀の上、被告会社の業務に関し、東京都中央区日本橋兜町2番1号所在の東京証券取引所の開設する有価証券市場に上場されている有価証券である昭和化学工業株式会社の株式につき、その株価の高値形式を図り、同有価証券市場における同株式の売買取引を誘引する目的で、別表記載のとおり、平成9年6月11日から同年8月18日までの間、前後41取引日にわたり、同有価証券市場において、株式会社フィールドプランほか14名義を用いて、都証券株式会社ほか24社の証券会社を介し、成行及び高指値注文の連続発注による買上がり買付け等の方法により、同表「買付状況」欄記載の同株式合計203万9000株を買い付ける一方、同表「売付状況」欄記載の同株式合計199万9000株を売り付ける一連の売買取引を行い、同株式の株価を右始期における860円前後から同年7月8日には1150円まで高騰させるなどし、もって、同株式の売買取引が繁盛であると誤解させ、かつ同株式の相場を変動させるべき一連の同株式の売買取引をするとともに、他人をして同株式の売買取引が繁盛に行われていると誤解させるなど同株式の売買取引の状況に関し他人に誤解を生じさせる目的で、別表記載のとおり、同年6月16日から同年8月18日までの間、前後36取引日にわたり、同所において、同表「仮装売買」欄記載の同株式合計167万4000株について、自己のする売付けと同時に別途自己において買付けをし、もって、同株式につき権利の移転を目的としない仮装の売買取引を反復継続したものである。

(証拠の標目) 《略》

(法令の適用)

被告人の判示所為のうち、変動操作の点は、行為時においては包括して刑法60条、平成9年法律第117号による改正前の証券取引法(以下「旧証券取引法」という。)197条8号、証券取引法159条2項1号に、裁判時においては包括して刑法60条、右改正後の証券取引法(以下「新証券取引法」という。)197条5号、証券取引法159条2項1号に、仮装売買の点は、行為時においては包括して刑法60条、旧証券取引法197条8号、証券取引法159条1項1号に、裁判時においては包括して刑法60条、新証券取引法197条5号、証券取引法159条1項1号に、それぞれ該当するが、右はいずれも犯罪後の法令によって刑の変更があった場合に当たるから、刑法6条、10条により、いずれも軽い行為時法の刑によることとし、右の変動操作の一部と仮装売買とは一個の行為が二個の罪名に触れる場合であるから、同法54条1項前段、10条により一罪として犯情の重い変動操作の罪の刑で処断することとし、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役1年6月に処し、情状により同法25条1項を適用してこの裁判の確定した日から3年間右刑の執行を猶予することとする。

また、被告人の判示所為は被告会社の業務に関してなされたものであるから、行為時においては旧証券取引法207条1項1号に、裁判時においては新証券取引法207条1項1号に該当するが、右もまた犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから、被告会社については、刑法6条、10条により軽い行為時法である旧証券取引法207条1項1号所定の罰金刑を科すべきところ、その所定金額の範囲内で被告会社を罰金400万円に処することとする。

(量刑の理由)

本件犯行に至る経緯は、おおむね次のようなものであると認められる。

被告人及び被告会社は、平成4年ころから、別件刑事被告人許永中のグループ会社である豊国土地建物管理株式会社の代表取締役B(以下「B」という。)から融資依頼を受け、雅叙園観光株や新井組株等を担保に受け取り、これを他の証券担保金融会社等に再度担保として差し入れる(以下「リファイナンス」という。)などして、その資金調達に協力してきたものであるが、平成8年12月ころ、Bに対し、昭和化学工業株式会社の株式(以下「昭和化学工業株」という。)20万株を担保に、株式会社大栄(以下「大栄」という。)にリファイナンスを行った上、1億円を融資したところ、その後、前記新井組株が暴落するなどしたため、Bの資金繰りが悪化して同人からの返済が滞るとともに、被告会社自身も、Bの依頼で行った新井組株の信用取引で巨額の損害を被り、リファイナンス先の大栄から借入金の返済や昭和化学工業株の引取り等を強く迫られるようになった。そこで、被告人は、昭和化学工業の大株主である石橋産業グループに対し、同株を引き取るよう交渉したが、それも実現するには至らなかった。

本件は、右のような状況の中で、被告会社を実質的に統括していた被告人が、市場に流通している株数が比較的少ない昭和化学工業株の株価を引き上げて市場で売却し、大栄等に対する借入金の返済資金や被告会社の業務に必要な資金等を得ようと考え、被告会社の従業員らと共謀の上、東京証券取引所の有価証券市場(第2部)上場の同株につき高値形成を図り、同市場において変動操作及び仮装売買等を行って相場操縦行為をしたという事案である。

なお、被告人は、当公判廷で、本件犯行は、大栄からの取立てを免れるため、同社に担保として差し入れていた昭和化学工業株を即金付けの方法で売りに出して得た資金等で大栄に借入金を返済して同株を受け出し、被告会社の債務を他の債権者に分散しようと考えて行ったもので、同株を市場で売り抜けるつもりはなかった旨供述するが、大栄から昭和化学工業株を全て受け出した後も1箇月以上にわたり本件犯行を継続していることや、被告人が、大栄から同株を受け出すための約定金額を大幅に上回る金額までその株価を引き上げる意図であることを知人らに話していたことなどに照らすと、同株の株価を引き上げて市場で売却する意図があった旨の被告人の捜査段階の供述は十分信用でき、被告人の公判供述中これに反する部分は信用できない。

被告人は、被告会社の業務に関し、2箇月以上にわたり、約199万株を売り付ける一方で、約203万株を買い付ける一連の売買取引を行うとともに、そのうち約167万株について仮装売買を反復し、短期間のうちに、その株価を1株860円前後から最高1150円まで高騰させたものである。対象とされた株数は極めて多く、証券取引の公正かつ自由な市場の形成を大きく阻害し、多数の一般投資家に判断を誤らせて多大な損害を与えたばかりか、国民一般の証券市場に対する信頼をも損ねるなど、その社会的影響にも軽視できないものがあるのであって、その結果は重いといわねばならない。また、右のような社会的損失において被告会社の利益を得ようとしたものである点、動機において自己中心的である上、株式投資に関する知識や経験等を悪用して、複数の名義を利用し、分散発注や仮装売買等の多数の手法を巧みに組み合わせ、即金付けの方法で多額の買付資金を調達するとともに、知人の投資コンサルタントらにも情報を流して協力を求めるなど、その態様は計画的かつ巧妙である。以上によれば、被告会社及び被告人の刑事責任は相当に重い。

しかし、他方で、本件には、新井組株の株価暴落と融資先であるBの資金繰りの悪化という事態に端を発し、Bの大栄に対する肩代り返済約束の不履行や石橋産業等に対する昭和化学工業株買取交渉の失敗等の事情が重なる中で、大栄からの取立てに直面した被告人が対応策に窮して犯行に及んだという一面があり、その経緯には、酌むべきものがないではないこと、一時は同株を高騰させることに成功したが、その後、高値を維持させることができなかったため、売り抜けによる利益を得るには至っていないこと、被告人は、本件公訴事実自体はおおむね素直に認め、反省していること、被告人には同種前科がなく、被告会社には前科がないことなど、被告会社及び被告人に有利な事情も認められ、以上の諸事情を総合考慮すれば、被告人については、その刑の執行を猶予するのが相当である。

(求刑 被告会社・罰金500万円、被告人・懲役1年6月)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 的場純男 裁判官 植野聡 裁判官 板津正道)

別表

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